クライヴとバイロン叔父さん、拠点メンバーのほのぼの話。

最後がクライヴ→ジルぽいです。





想いを込めて



シド、ちょっといいですかと大方内容は本に載っている変わった調理法をメイヴやモリーと共にまた見つけて珍味ともとれる食材を取りに行って欲しい依頼だろうと予想をつけてどうしたんだとイヴァンの呼びかけに応える。

フーゴに捕らえられ無事に帰還はしたものの身体的にも精神的にも負担がかかり具合を崩したジルの見舞いをタルヤの医務室にて済ませてから皆の気分が少しでも晴れるようにとエールを振舞った最中。

「シドはロザリスでは女性とよく過ごされていたのですか?」

かなりずれたことを尋ねられた。

「…急にどうした」

「いえ、本を広げながら食材探しでメイヴと盛り上がりまして。メイヴがシドは食材に関してもかなり知識があると述べていたものですから。ジルさんからも一緒に買い物へはよく行っていたとも聞いて。ジルさんはそれほど調理には手を付けなかった様子で、となると他の女性との交友も深かったのではと…」

(ロザリスにいた侍女たちから教えてもらったこともあるが…)

そのことを伝えて会話を切り上げよう。

「ああ、それなら―「お、なんだなんだシドの過去の女の話か」

すっかりぐでんぐでんになっている保護されたベアラーのひとりが急に会話に割り込んで来たのだ。

「ん?やっぱりモテていたんだなあ」

「ちょうど年頃だったんだろう?同い年くらい娘たちが寄って来たんだろうな~」

「元々シドは良いとこって聞いたことがあったなあ、そりゃ放っておかないよなあ」

他にもラウンジ内ですっかり出来上がっていた彼らがわらわらと取り囲んでくる。

悪気はなく、これは黄昏もはや朽ち果てていくだけのかつての故郷を見送ることになったクライヴの想いが沈んだままにならないように彼らなりの気遣いなのだ―とは言い難い明らかに楽しんでいる状況である。

5年前オットーがノースリーチに足を運ぶ際に協力者となるマダムはとびっきりの美人だから惚れるなよとからかうつもりでクライヴに語ると、彼の反応がそうかとあまりにも淡泊だった為にからかいがいのない奴だな…と呆れられた。ラウンジでくだを巻いている彼らも似たようなものだろう。

「あら、何?シドの初恋の話?」

「あ-ら、いいのかい。ジルに言い付けても」

調理場にて下ごしらえを終えたメイヴや補給を確認しようと通りかかった倉庫番のオルタンスまで加わってくる。

「おっ、騒がしいと思ったら面白いことになっているじゃねーか。ちょうどいい機会だクライヴ、この際白状しちまえよ」

ハルポクラテスにトルガルのことを確認して階段から降りてきたガブまで楽しそうな雰囲気に乗っかってきた。

「ちょっと待ってくれ。俺にそうした相手はいなかった。

ジョシュアのナイトとしての道を歩んいた真っ只中で―」

慌てずに早めにこの話を切り上げようとすると。

「でも、向こうはその気があったのでは?

シドが気づいていなかっただけで。声を掛けて来たお相手はもしかしたら―」

「おおー、いいぞイヴァン!」

「そうだ、そうだ!おい、ルカーン。一曲何か歌ってくれ!せっかくの機会だしな!」

盛り上がっている状況では普段大人しいイヴァンや詩人のルカーンもすっかり乗り気となり明るい演奏がサロン内に響いていく。

「おお、どうした。騒がしくて楽しそうではないか」

流通の話をカローンとしていたバイロンが可愛い甥っ子を取り囲んでいる拠点の彼らの明るい様子ににこにこと笑顔を浮かべながら歩み寄ってくる。

「バイロン叔父さん。そうだ、叔父さんはご存知ですよね。

皆は俺がロザリスに居た時に女性を引き連れていたんだと勝手に誤解していて。

そうではないとはっきり伝えて下さい」

こうした時は第三者の発言が重要な証拠となる。

自分から話すよりもフェニックスの祝福を受けた儀式を見届け向こうの屋敷にも何度か遊びに滞在したことがあったバイロンなら適任であろう。

「ふむ、要するにクライヴにロザリアで意中の相手が居たのか知りたい訳か。

意中とは異なるが…お前がひとりの娘に対して手の甲に誓いの口づけをしたのをわしがしかと見届けたことはあったな」

…その相手によってはむしろ状況が悪化することはままある。

―うおおおおおおっ!やっぱりか!

―あら、意外だったわ。―奥手かと思っていたらなかなかやるじゃない。

―意中でないというのが気になるなあ!

―観念しろよ、クライヴ。お前に泣かされた女の子の仇は俺が取ってやる!

バイロンさん、その時の状況を詳しく教えてください!

酔って舞い上がっているのも合わせて流れに乗ろうと今度はバイロンの方へ集団で突進していく。

当のクライヴといえば腕組みしながら「…全然思い出せない…」と必死に記憶の糸を手繰り寄せていた。



「あれは、そうだな。わしの屋敷でクライヴが遊びに来ていた時のことだが―」









聖女と使徒で毎回悪役をやらされるのもそろそろ飽きて来た頃、バイロンは可愛い甥っ子に今度はこの劇の一幕を演じてみるのはどうかと別の本を勧めてみた。

騎士が旅立つ時に自国の姫君に対して勝利を宣言し口づけをもって誓いをするという場面が描かれている、ごくありふれた英雄譚。

「つい最近この屋敷に入ったばかりの若い侍女がおるのだが…慣れない環境に明らかに強張ったままなのだ。

緊張を和らげてやる為にもどうだクライヴ、一役買ってくれんか」

そういう事ならと承諾し、部屋に案内されて来た年も近く赤いくせっ毛でそばかすがある少女は確かに表情が硬かった。

バイロンはちょっと用事でな、すぐに戻るのでそうしたらふたりで一幕演じてくれと席を外した。

忙しいのに叔父の余暇に付き合わせてすまないと話しかけてみると。

「い、いえ!とんでもありません…むしろ見に余る光栄で…。

ああ申し訳ございません…私なんかで本当に宜しいのでしょうか…」

確かに慌てふためいている口調といい、視線をどこにやって良いのかさまよさせている態度といい緊張していると言える。

だけど、それ以上に―。

「恐れているのか」

「…その…クライヴ様が怖い訳ではありません。

ただ、私は自分に自信がないんです…。何をしていても、これでいいのかなって…失敗したらどうしようとか、怒られるとそれを引きずってしまう…自分でも嫌になるんです」

本を脇に抱え立ちっぱなしの彼女の前にひざまずき、手を取ってみると。

「クライヴ様⁉」

緊張とは別の驚きの声があがった。

「“貴方の為にこの身をもって。”この一幕はこう始まるんだ。最後までできるかどうかは別としてとりあえず通しでやってみないか」

「…はい」

「俺も別に演技が得意ではないんだ。それでも、見方が広がることが楽しい。君にもそれを知ってもらえたなら嬉しく思う」

顔を赤くしているのはきっと異性に慣れていないからだろうと思う。それでも何かひとつでも達成させることが出来れば彼女の自信に繋がるはずだ。

クライヴ自身は年頃が近い彼女の手を取ることに抵抗はなかった。

ロザリスに来てからずっと大人しかったジルの手をあの丘でけっして離したりはしない、ここに居ていいんだと分かってもらう為にひたすら進んでいった経験があったから。







「思い出した…確かに叔父さんの前で演じましたね」

「結果として劇は台詞をひとつも噛むことなく成功。もちろん本物には叶わんがね。

彼女はずいぶんと和やかになりしゃんとして…次にお前がいつ来るのかも楽しみにしていたぞ。

まあ残念ながら結婚が決まって屋敷からは出て行ったわけだが」

豪快に笑っているバイロンの様子にむしろこの叔父は甥っ子のこうした話をしたくてたまらなかったのだろうと存分に伝わってきた。

「はあ~、クライヴまるで王子様みたいじゃない」

こうした話や本の内容は女性に訴えるのかオルタンスがうっとりした様子で語ると。

「うんうん、その時代のシドに出会っていたら私もころっと恋に落ちちゃうかも…」

どこから嗅ぎつけたのやら、恋多きアスタまで加わっていた。

「うわっアスタ、いつの間に!また服変えて…」

楽しんでいる女性陣に対し、男性陣は不服らしく。

「何だよ、結局シドの良いとこ話で終わっちまった…」

「その子が今でもクライヴのこと好きだったら面白いことになっていたのになあ」

「ガブ、それは双方に失礼ですよ」

「分かっているって、冗談だよ!」

肴とはならなかったが、結局のところ皆クライヴのことを慕っているのだ。

ぞろぞろとそれぞれの席に戻り、最後の一杯を飲み干すことにした。

「さてと…バイロン叔父さん、そろそろダルメキアへ向かうことにしましょう」

「おお、そうだな。いや昔のことを思い出せてわしも楽しかった。

調子に乗り過ぎたことは詫びよう。これからも大変だしな」

「俺はアンブロシアの様子を確認します。

トルガルはガブが戻ってきた様子から問題ないと分かったので」

的確に状況を判断して進もうとする甥の背格好に兄のエルウィンの姿を思い浮かべながら、バイロンはぽんとクライヴの肩へ手を置いて。

「本ならまだわしの屋敷に大事に置いてある。今度は本命にしてやりなさい」

明るくわっはっはと宣言した。

「…全く。内容なら思い出したから大丈夫ですよ」

「ん?大丈夫ということは…そうか、そういうことか。

ならばわしからはただひとつ。お前の想いを込めて、だな。

彼女にはちゃんと伝わるだろう。演技ではない、お前の本心が」

「…今すぐには出来ないことです。その時には誓いを兼ねて」

真っ直ぐに先を見つめているその精進な顔つきがああ、兄上の魂がここに生きているのだとバイロンの心に暖かい炎をともす。

もうひとりの甥も生きているのだと告げられて、ならば出来る限りのことを最後まで戦い続ける彼らの為にも行おうと決めた。



この抗いがこの世界を変えていくのだと固く信じて。